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 ■市長室

施政方針・所信表明

平成23年9月市議会定例会開会あいさつ

平成23年9月2日

平成23年9月定例会の招集に当たりまして一言ごあいさつを申し上げます。議員の皆さんには、市政の運営にご理解とご協力をいただいておりますことをまずもってお礼申し上げます。

 

また、本9月定例会は、条例の制定改正や補正予算、平成22年度決算などに関してご審議をお願いするわけですが、それに先立ちまして本日までの行政報告をさせていただきます。

 

さて、3月定例会の開会中に起こりました東日本大震災は、88年前の昨日起きました関東大震災と比べましても、マグニチュードの大きさだけでなく、北海道から千葉房総まで大津波に洗われ被災地が広範におよぶとともに、人災ともいえる政府機能の不全や原子力発電所事故、風評被害などの直接目に見えない災害も重なり、過去最大の震災をもたらしました。

 

退陣表明をしながら政権に座り続けた菅総理もようやく身を退き、野田新内閣が本日発足する予定となっており、滋賀県からは川端代議士入閣の声が上がっておりますが、復興に向けての真摯な取り組みがスピーディーに進むことを心から祈ってやみません。

 

なぜなら、これまで被災地に何度も足を運びましたが、復旧は混乱のなかで、復興は遅々として進まず、海外ではすでに日本は過去の国だとささやかれながら、それでも政争が続き、企業の海外移転が加速するこの国に、将来の光明を見いだすことのできない国民が数多くいると考えられるからで、もうすがることすらあきらめた人もいるかもしれません。

 

被災自治体で聞く言葉は、県が何もしないだけではなく邪魔をする、国は縦割り、なわばりばかり主張して被災地に顔を向けていない、政治家に頼んでも何も動かない、視察に来るくらいならボランティアに来いなど、現在の政治行政システムが機能不全に陥り、現場における即応の創意工夫が活かされず、その結果、人命も生活も郷土も失われるという直視しがたい現実を呪詛するものがたくさんありました。

 

 そうしたなか、本市といたしましては、給水支援や支援物資搬送をしてまいりましたが、メルトダウンを起こした福島第一原子力発電所から20km圏内にある福島県富岡町が、内閣総理大臣の避難指示に基づき、まちごと福島県郡山市にある「ビッグパレットふくしま」に避難しておりまして、富岡町から本市に避難してこられたかたのお手紙を4月10日に富岡町長にお届けしたり、支援に入っている彦根市長から一緒に支援してもらえるとありがたいというお声かけがあったりしましたので、同町と支援協定を結び、5月9日から基本的に2人体制で事務支援活動を展開いたしました。当初は「住宅支援」として仮設住宅や借り上げ住宅への入居調整事務に従事しましたが、住宅支援に一定の目途がついた7月以降は「一時帰宅支援」の事務に従事してまいりました。また、7月18日からは、保健師を1名増員いたしまして、避難所をはじめ仮設住宅などの避難住民の健康管理活動に従事してまいりました。「ビッグパレットふくしま」避難所が8月31日に閉鎖されたことに伴いまして、本市としての支援活動を一旦中止させていただきましたが、この115日間に30人延べ310人が支援を行いました。今後は、富岡町の仮庁舎や仮出張所の整備状況を見合わせながら、支援の必要が生じましたら対応をしてまいりたいと考えております。

 

また、富岡町は原子力災害対策特別措置法に基づき避難指示区域となっており、一般の立ち入りが規制されておりますが、本市が行ってきた「一時帰宅支援」事務の成果を確認するために、現地の立ち入りをさせていただきました。時系列で、健康福祉部長、次いで教育長および教育部次長、さらに先ほども議長のごあいさつにありましたように議長、議会事務局長、副市長、総務部長、そして5日前には私と市長公室長が相次いで避難指示区域に入りました。

 

そこはまさにゴーストタウンでした。まちはあるのに人の気配のまったくない西部劇でお目にかかったゴーストタウン。この法治国家・日本において、あり得ない風景でした。まちのようすは、文明が自然に呑み込まれたと形容したほうがよいほど、雑草に覆い尽くされ、閑静な住宅街も、津波被害のなかった鉄道駅・夜ノ森駅も、見渡す限りの田んぼであったはずのところも、あらゆるところが雑草に覆われた草原状態となっておりました。また、津波被害のあった沿岸部では、10数メートルの高さと思われる位置まで津波の跡が残り、改札だけ残した富岡駅前の歓楽街は、建物の1階に自動車や自動販売機が突き刺さったまま、破壊された状態でいまだに放置されていました。道路は各所で液状化により寸断され、下水道管が路面に露出し、橋梁の前後に大きな段差ができ、道路の真ん中を地割れが走っていました。海岸に建てられた下水処理施設は、建屋こそきれいに残っていましたが内部の装置が破壊されて使い物になりません。学校にも幼稚園にも子どもたちの声はなく、商店街にも町営住宅にも人の姿はありません。夜になると野生化した牛がエサを求めてさまようそうです。ただただ蝉の声が聞こえるだけでした。

 

原子力発電所の訓練では、メルトダウンはあり得ないという前提で行われていたと聞きました。災害対策訓練はまったく役に立たなかったというのが、富岡町幹部の感想です。いくら事前に想定しても、その想定を上回る事態は必ずあり、そうした事態に陥った際にどれだけ冷静沈着に適切な判断と行動がとれるかが大事なことだということを、理解いたしました。

 

そして、「原子力災害」というネーミングはナンセンスだという感じを受けました。まさに「原子力公害」であり、人災である側面が極めて大きかったのではないか、そして、一旦事故が起きた場合には、健康や生活面への被害は止まるところを知らず、計り知れないものとなることが明らかとなりました。

 

そうしたことから、現地支援を一旦中止することとした8月31日には全国会議員に宛てて、原子力政策・エネルギー政策の真剣な議論と被災自治体の支援、早期事態収拾を求める手紙を送らせていただいたところです。

 

東日本大震災への人的支援は、発災以降、支援に派遣しました職員は56人にのぼり、支援の日数は134日間、そして実際に動いた人の数は延べ432人ということになります。今後とも、必要があれば対応してまいりたいと考えております。

 

さて、6月定例会開会後の主な行事などですが、まずは全国的な関係ですが、6月7日には、全国市長会理事会・評議員合同会議が全国都市会館で、全国市長会分科会が日本都市センター会館でそれぞれ行われ、評議員として出席してまいりました。翌8日には第81回全国市長会議通常総会がホテルニューオータニで開かれまして、理事に選出されたところです。さらにはオウム真理教対策関係市町村連絡会総会がグランドアーク半蔵門で開催され、監事として出席をいたしました。6月24日には、全国国民健康保険診療施設協議会総会が東京で開かれ、理事・開設者委員として出席し、地域医療の確保について議論を交わしてまいりましたし、また、全国市長会理事として7月13日には全国市長会社会文教委員会と理事・評議員合同会議に出席しております。

 

県内全域の関係で申しますと、6月16日には、日本赤十字社滋賀県支部平成23年度第1回評議員会が滋賀ビルで開かれましたので、評議員として出席して東日本大震災への義援金配分について意見を述べてまいりましたし、7月5日から6日にかけては、滋賀県市長会の研修として、原発から30キロ圏にある福井県越前市を訪れ、越前市長と忌憚のない意見交換をしますとともに、関西電力美浜原子力発電所3号基の使用済み核燃料プールの横まで、さらには独立行政法人日本原子力研究開発機構の実験用高速増殖炉もんじゅの原子炉格納容器の中まで視察をいたしました。

 

11日には副会長として滋賀県林業協会理事会に出席しますとともに、会長としてホテルニューオウミで滋賀県自治体病院開設者協議会定期総会を開催いたしました。22日には大津プリンスホテルで開かれました近畿国道協議会総会に出席しますとともに、8月9日には日野町の日野公民館で開かれた滋賀県自治創造会議、翌10日にはホテルピアザびわ湖で開かれた自由民主党滋賀県議会議員団との意見交換会に出席しました。24日には湖南市のサンクレスト甲西に滋賀県市議会議長会をお迎えいたしますとともに、24日には大津市で開かれた滋賀県市町村職員退職手当組合議会に議員として出席し、26日には琵琶湖ホテルで開かれた滋賀県市長会議に副会長として出席しました。

 

甲賀市との広域関係について申しますと、6月29日に甲賀広域行政組合議会臨時会が開かれますとともに、7月7日に公立甲賀病院組合議会臨時会が開かれ、終了後に京都府の南丹病院と久美浜病院の視察を行い、地域の医師確保や地域包括医療ケアのあり方などについて研修しました。10日には甲賀広域消防連合夏期訓練大会が甲賀市甲南庁舎付近で行われますとともに、15日には暴力追放甲賀湖南市民協議会総会が開かれ、27日には甲賀広域行政組合議会の臨時会も開催されました。

 

 大津市やいわゆる湖南地域との関係では、6月30日に大津湖南幹線道路整備促進協議会総会が開かれ、8月1日には栗東湖南広域行政協議会総会および草津線複線化促進期成同盟会総会がそれぞれ開催されています。

 

市といたしましては、6月11日には、地域まちづくりフォーラムを甲西文化ホールで開催し、多くの地域の皆さんの参加のもと、四日市大学の岩崎教授の3・11後には自治のあり方が大きく変わったという示唆に富んだお話をうかがいました。また、28日には男女共同参画懇話会と地域福祉計画策定委員会が、29日には高齢者福祉計画・介護保険事業計画策定委員会が、7月6日には障がい者計画・障がい福祉計画策定委員会がそれぞれ計画策定に向けた審議を始めますとともに、7月20日には改選後初めての湖南市農業委員会を招集いたしました。また、24日には湖南市消防団火災防御訓練を行いますとともに、31日に滋賀県消防学校で開催された滋賀県消防操法訓練大会においては、湖南市消防団1分団が小型ポンプの部で第3位という成績を残しました。

 

さらに、23日には議会により復興支援チャリティーコンサートが催されますとともに、28日には湖南市水道運営審議会が開かれました。例年の通り、8月6日には平和記念のつどいと夏まつりが開催され、27日から3日間、全国シニアソフトボール滋賀湖南大会が開かれました。8月30日には、行政改革推進本部を開催して第二次行政改革大綱を取りまとめますとともに、交通安全対策会議を開催して第8次交通安全計画を取りまとめました。とりわけ行政改革大綱につきましては、東日本大震災の影響を受け、今後、財源配分が東日本に大きくシフトする可能性があることや円高による国内空洞化や本市において文字どおり急速に進む高齢化により、法人や個人の担税能力が脆弱となることが予想されるため、施設や事業の見直しを引き続き強力に進めなければ、通常の住民サービスの提供にも影響するのではないかと考えておりまして、議会のご意見を最大限に反映しながら策定をいたしたものでございます。また、9月1日には、水戸小学校増築工事竣工お祝いの会が催されますとともに、滋賀県防犯協会から青色回転灯防犯パトロールカーの寄贈がありました。

 

民間においては、6月23日には信楽高原鉄道樺闔條博蜻拷が開かれましたが、賠償に関するJRの英断により信楽高原鉄道に存続の道が残されたことはよかったことです。また、25日には防衛協会湖南支部総会が石部コミュニティセンターで、甲賀農業協同組合総代会がJAホールで、そして28日には湖南市産業経済懇話会総会が開催されています。

さらには、8月7日には石部南学区まちづくり協議会によりますきらめきサマーフェスタin石部南学区が開催され、7月9日に石割式を行った岩根まちづくり協議会の石の彫刻づくりは、8月29日に完成式を迎えました。8月27日には、なんてん共働サービス30周年NPO法人ワイワイあぼしクラブ10周年記念のつどいが行われています。

 

ところで、この間に大きな動きがございましたのは、友好交流のつながりであります。名探偵コナンを活用したまちおこしをしております鳥取県北栄町とは、7月1日から湖南市区長会が研修で訪れましたが、その際、2日に友好交流協定を締結いたしました。湖南市観光物産協会も2日、3日の日程で研修に向かい、第24回すいか・ながいも健康マラソン大会には私も飛び入り参加いたしました。15日には北栄町商工会が湖南市を訪問し、8月6日の湖南市夏まつりの前には北栄町長と災害時相互応援協定を締結いたしました。また、7月20日にはもうひとつの友好交流都市であります北海道比布町からも訪問団が来市しております。

 

極めて大きい台風12号が接近する中ではございますが、今議会には、条例の制定改正、補正予算などをご提案してまいりますほか決算の認定について提案してまいりますので、どうか慎重にご審議をいただきますようお願いを申し上げまして、招集に当たりましてのごあいさつといたします。

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